こんにちは。

渡辺水華です。

今回は珍しく、イギリス発祥の
ある食生活に触れてみたいと思います。

“veganism”との出会い

もう10年以上も前のことですが、
とある英語学習の情報誌で、
初めて、”vegan”という言葉に出会いました。

その情報誌のなかでは、
“vegan”と呼ばれる人が
インタビュー形式によって紹介されていて、
インタビュアーがずい分と皮肉たっぷりに

え?
本当に生の食物(raw food、ローフード)しか食べないんですか?!
うっそでしょう~? 笑

などと言いながら、
嘲笑するような態度をとっていたことを覚えています。

それに対して、vegan(ヴィーガン)は、
特に怒るでもなく、淡々と質問に答えていました。

そのインタビューはとにかく、
“vegan”が野菜や果物などを「生で」食べることが強調されていて、

それを聞いた私は、「変わった食生活だなぁ。
確かに酵素を壊さずに摂れるだろうけど、
体、冷えないかな。」と思ったのを覚えています。

インタビューの雰囲氣が雰囲氣だったので、
「変わった食生活をする人」としてしか記憶に残りませんでした。

また、インタビュアーの態度が
“vegan”に対して必要以上に
「嘲笑的」であったことも印象に残りました。

人と変わった食生活をしているというだけで、なぜ?
そんな風にも思っていました。

菜食主義と生食主義

元々、菜食主義(Vegetarianism)とか、
ベジタリアン(vegetarian)と呼ばれる人がいることは知っていて、
特別、興味があるわけでもなかったので、

完全菜食主義(veganism、ヴィーガニズム)についても
それ以上、調べることはありませんでした。

しかし、veganismは、raw foodism(生食主義)とは違います。

特に、生の植物性食品のみを摂る”raw veganism(ローヴィーガニズム)”と
混同されやすいのですが、
“raw foodism”は、”raw food(living food)”、つまり、
加工されていない生の食材を食べることなので、
必ずしも植物性である必要はないとして、
生の動物の肉など、動物性食品も摂る人がいるようです。

また、”vegan”と”vegetarian”も同じではありません。
“vegetarian”にもいろいろな種類があって、
そのなかでも比較的厳格なカテゴリーに入るのが
“vegan”と呼ばれる人たちであることを最近になって知りました。

vegetarianの種類

vegetarianとは、必ずしも「野菜だけを食べる人」ではありません。

発祥の地はイギリスで、1847年9月30に菜食主義協会が発足しました。
語源としては、ラテン語 の”Vegetus(活気のある、生命力にあふれた)”
をもとに考えられたと言われており、
英語の「野菜」を意味する単語、”vegetable”とかけて作られたとされています。

ただ、この用語はそれ以前にも使われたことがあり、
語源は英語の”vegetable”に「人」を表す”tarian”を
つけたものであるとする説もあります。

vegetarianには、

卵と乳製品を食べる「ラクト・オボ・ベジタリアン(lacto-ovo vegetarian)」、
卵を食べる「オボ・ベジタリアン(ovo vegetarian
乳製品を食べる「ラクト・ベジタリアン(lacto vegetarian)」
などがあり、

魚介類を食べる「ペスキタリアン(pescetarian)」、
ペスコ・ベジタリアン(pesco-vegetarian)とも言うが、
これは、ベジタリアンには含まれないとされ、

それでもなおかつ、
「鶏肉ならよし」とする
「ポーヨーベジタリアン(pollo vegetarian, pollotarian)」
も存在します。

これに対して、狭義の”vegetarian”に該当するのが
vegan“です。
「完全菜食」や「ピュア・ベジタリアン(pure vegetarian)」
とも言われ、卵、乳製品、ハチミツ、肉、魚など動物性の食品は摂りません。
動物の命を尊重することから実践する人を
「エシカル・ヴィーガン(ethical vegan)」、
食事面のみでこれを実践する人を
「ダイエタリー・ヴィーガン(dietary vegan)」と言います。

まさか私が”vegan”に?!

先日、何となくYouTubeを見ていたとき、
出会った動画が私の食生活をガラリと変えました。

それは、やがては食肉にされていく
動物たちの生涯を描いたものでした。
詳細は割愛しますが、私のなかで、、、

「飼育」されていると思っていた動物たちが
実は「虐待の集大成」とも言える
想像を絶するような生涯を送っていることを知ったのです。

よくよく考えてみれば、
肉片を口にしていること自体、
その前に「命を奪う」という行為があるわけで、

その「命の奪い方」には最も「ソフトな手法」が取られているに違いないと、
そしてそれは、人が生きていくうえで「必要悪」に属するものであると、
勝手に脳内変換していた私の思い込みを打ち砕くほど衝撃的なものでした。

このほか、畜産業が多大な地球環境破壊につながっていること、
多くの餓死者を生み出していること、
何よりも、生涯にわたって苦痛と哀しみを味わわなければならない
動物たちのことを思うと、

このような愚行は一刻も早く、一人でも早く、
止めるべきであると…、
氣がつけば、翌日から私は”vegan”になっていました。

「動物愛護」がただの概念ではなく、
自身の健康よりも心の中心に来るようになっていました。

といっても、家にあったチーズや
会社でもらったお菓子(卵や牛乳が入っていると思われる)を
口にしてしまうこともありましたが、

避けられるものなら、動物性は極力避ける生活を実践しています。

“vegan”は、厳格な”vegetarian”と言われていますが、
上には上があるようで、

「フルータリアン(fruitarian)」という
根菜や葉野菜などを摂らず、果実・種子・ナッツのみを摂る食事法を実践する人や
究極は「ブレッサリアン(breatharian)」という
(ほぼほぼ)食事を摂らず、
光と水からエネルギー(プラーナ)を吸収する人も存在するわけで、

生き物を殺傷しないことを目標とするのであれば、
“breatharian”を目指すべきかも知れませんが、

今のところ、
For me, it is a tough goal to achieve!
といったところでしょうか。