こんにちは。

渡辺水華です。

現在は毎日のように聞かれる言い回しでも、
30年以上前は聞かれなかった言い回しが
日本語にはあります。
(どの言語にもあると思いますが。)

それは若い子たちが作り出したものだけに限りません。


動画の内容の訂正 …than any other flowers → …than any other flower
“This flower is more beautiful than any other flower.”となります。

この比較級をどう訳す?

(本来は「?」も日本語ではありませんが、
ニュアンスを伝えるために仕方なく付しています。)

1)This flower is more beautiful.
この花はよりきれいだ。

この日本語訳を見て、
抵抗を感じる人が現在、どれだけいるでしょうか。

私が最初にこのような言い回しを聞いたとき、
すぐには「間違い」とは思いませんでしたが、
なんとなく違和感を覚えたものです。

比較の対象を意識する。

比較級と言うからには、
比較の対象が必ず存在します。

上記1)の英文では”This flower”の
比較の対象が明確になっていませんが、

これを、
2)This flower is more beautiful than that flower.とした場合、
「この花はあの花より(も)きれいだ。」と訳すことができます。

3)This flower is more beautiful than any other flower.
「この花はほかのどの花より(も)きれいだ。」
これは、意味としては最上級にもなる使い方ですね。

上記1)と、2)や3)の英文の違いは”than”の有無、
そして、比較の対象が明確に言い表されているかどうかです。

2)や3)の日本語訳であれば私はなんら抵抗を感じません。

それは、元々、日本語の「より」は
比較の対象が明確になって初めて
用いられていたものだからです。

つまり、“than”の訳語として「より」が存在するはずなのです。

“than”を使わない場合の訳し方

では、1)の英文はどう訳せば違和感を感じさせない日本語になるのでしょうか。
(そもそも、違和感を覚えない日本人の方が今は多い氣もしますが…)

「この花の方がきれいだ。」
本来の日本語では、このように言っていたはずです。
つまり、これが1)の訳文としては自然であると私は感じます。

なぜ「よりきれい」と言うようになったか。

おそらく、誰か(翻訳者)が”more”の訳語として
「より」を用いてしまったためと思われます。

“than”の訳語の「より」が
“more”や形容詞の比較級を表す”-er(r)”の訳語として
一人歩きし始めたのです。

しまいには、「この花はあの花よりよりきれいだ。」
などという意味の重複も甚だしい日本語が
雑誌の記事などに平氣で掲載されるようになってしまいました。

「~の方が」という日本語の言い回しが、
英語の比較級を目の前にしてどこかへ
消え去ってしまったかのようです。

「日本語は曖昧だ」の語弊

ただ、日本人の脳には、
本来の日本語を通じて情報が明確に伝わるようになっていて、

英語から無理矢理翻訳された不自然な日本語を聞いて、
それなりに意味を理解したつもりになっていても、

(無意識レベルでは)パズルのピースが一部、
嵌っていないかたちで情報が伝わってしまうために、
どこか曖昧な印象を残したままその情報が定着します。

そのような「曖昧な情報」が積み重なっていくと、
日本人の脳に浮かぶ思考も「曖昧」になり、
そのような思考から生み出された日本語を
英訳してみたところで、さらに曖昧な英文が
生み出されてしまうというわけです。

ここで誤解して欲しくないのは、
たとえ日本語の表現や言い回しが「曖昧」のように聞こえても、
情報が明確に伝わっていれば何の問題もないことです。

主語を省略しようが、その主語が何であるかが
話者たちに分かっていれば何の問題もないのです。

ところが外国語から訳された不自然な日本語は、
日本人の脳に違和感を残したまま情報を伝えることになるので、
その違和感の分だけ、情報が曖昧なまま残ってしまいます。

言語とは情報を伝えるために存在するものです。
「翻訳」とは、その情報を曖昧にしてしまったり、
時には破壊してしまったり(つまり意味が伝わらない日本語になったり)する
リスクを伴うものであることを、翻訳者は忘れてはならないと思います。

“than”の訳語であったはずの「より」の
最近の一人歩きから、そんなことを思いました。